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現代日本の病巣/サッカー日本代表岡田監督・TBS軋轢問題

いやはや嘆かわしい。
あ、今日は水樹奈々先生の話題ではありません。
珍しく怒りを覚えることがあったので、そのことについて。

一部報道で、TBS・スーパーサッカーと
サッカー日本代表・岡田監督の間に軋轢がある
と伝えられました。
(その後、岡田監督が正式に認めたようです)
まあ日本マスコミの報じるところですし、
どうってことないものを大げさにしているのかもしれないですが、
ちょっと一言言わずにはおれない。

そもそもの原因は、
TBSの『スーパーサッカー』という番組で、
岡田監督に対して「フランスW杯のカズ外し」について尋ね、
その模様をオンエアしたこと
から、とのことですが、
この話が本当ならば、
代表監督に対して、
いや、
岡田武史という人間そのものに対して、
敬意を欠きすぎている
と思わざるを得ません。

※注
「フランスW杯のカズ外し」とは、
1998年フランスワールドカップの際に、
予選の中心メンバーにして日本サッカー界の象徴だった
「カズ」こと三浦和義を代表メンバーから外し、
社会的な議論にまで発展した事件のこと

閑話休題。

私は当該オンエアを観てはいませんが、
現在の代表を率いる彼にとって、
カズの話は全く異なる次元に位置するものであるはずです。
過去のことを云々しているようなメランコリックな気持ちのままでは、
ワールドカップ予選という厳しく長い戦いを勝ち抜くことは出来ませんし、
(そもそもこの前提をマス・メディアだけでなく多くの人々が忘れてしまっている)
W杯本選で好成績をあげるために代表の強化などできるはずもありません。

また、
大体今更聞く様なことだろうか、という思いも拭えませんね。
あのとき、岡田監督がどんな気持ちでカズを外したか。
そんなことも想像できないような輩がマス・メディアの一員とは。


1993年、あと1分間の差でワールドカップ初出場を逃した「ドーハの悲劇」
その際、岡田監督はNHKのスタジオで解説をしていました。





17分15秒くらいから。

このドーハ直後のコメントを見れば、
サッカーにそれほど明るくなくとも、
彼がどれだけ真剣にサッカーのことを考えているかがわかるはずです。
そんな人間に対して、
過去の問題をヤジウマ精神で今更掘り起こそうとするTV局の不躾さは、
不快を通り越して本当に心底からの怒りを覚える。
カズをなぜ外したか?勝つために決まってるだろうが。
まさか、話題づくりのために外したと思ってるのだろうか。
これほどサッカーのことを愛する人間が、
勝ち負け以外の要素で選手選考をすると思うのか??


岡田監督だけでなく、カズに対しても失礼極まりない話です。
あのときの彼のコメントと態度は、プロの鑑でした。
だからこそカズはほとんど全てのサッカーファンから今尚、愛されているのです。
祖国をワールドカップに出場させるために、
ブラジルからサッカー後進国の日本へ戻ってきたカズ。
一歩一歩、サッカーという競技をメジャーにしていき、
この国にプロ精神を植えつけた彼が、
夢に見たワールドカップを後一歩のところで逃すのです。
普通、そんな男の夢を、ましてや近くで見ていた者が奪えるのでしょうか?
私情を一切差し挟まず、
本当に勝ちたかったからこそ、
サッカーに対して、
そしてカズに対して真剣だったからこそ、できた決断だった
はずです。

あのカズ外しの決断は、
岡田監督の覚悟の表れだった。
それを10年経った今になっても尚理解できないマス・メディアには、
致命的な問題があると言わざるを得ません。


TBSは、ドーハの悲劇、
あるいは日本代表の過去~現在を検証する
非常に良質な2時間ドキュメンタリーでも製作して、
改めて岡田監督に当時の心境を取材すべきだと思います。。
それがマス・メディアとしての、唯一できる禊でしょうから。
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テーマ : サッカー日本代表
ジャンル : スポーツ

ヲタの品格

先日、mixi水樹奈々先生コミュのOFFに参加して参りました。

実は、LIVE FIGHTERで脳みそをひっくり返され
奈々ジャンキーになった昨年の夏にも一度参加してはいたのですが、
例えようの無い疎外感というか、居心地の悪さ・・・
のようなものを肌で感じ、こりゃなんだかアレだ、と感じ、
その後継続して同コミュのオフに顔を出すようなことはありませんでした。

しかし今年はオリコン1位だ西武ドームライブだと、
先生の活動も拡大の一途を辿っている。
昨年もなかなかにデッカイ波であったが、
今年はもう風向き自体が大分違うはずである・・・
こうして私は、
ファンも多様化しておりオフ会の面子も昨年と様変わりしているのでは・・・
という一抹の期待と、
やはりはぐれもののままでいることに覚えた少しの寂しさ
のために、一年ぶりにオフ会に足を運ぶ決心をしたのでした。
ほら、人間は社会的な動物だ、ってアリストテレス先生も言ってますし。

で、結論から言えば、
何も変わっちゃいなかったと、まあそういうことなんですが、
私も昨年の私じゃあない。
先生のオフ会に来ている人々が、
田村ゆかりだの茅原美里だのの話をするということはもうわかっている。(納得は出来ないが)
(女の子の)声優さんならみんな大好き!それが礼儀!
だからライブではデッカイ声で応援する!それが俺たちのジャスティス!
・・・今年はついにアニサマにまで行ったから、
彼らの大多数がそう言うのも、それもわかってる。(承服しかねるが)
声ヲタたる者たちが、
自分が好きな声優のどこが好きなのか
なぜそこまで心惹かれるのか
それを自明のことだとしてあまり真剣に話したがらないことは、
まあどういう理由があるにせよ、
かなりの割合で共通して彼らの間に見られる事象であって、
今更あげつらって何ができるわけでもない。(首肯できんが)
ので、そこは問題ではありません。

問題は、彼らのあまりにも浅薄な共同体意識なのです。

声優のオフ→声ヲタばっか→アニメとかみんなくわしい→
俺と一緒!→ナカーマ!初対面だし明らかに年長な人とかいるけどナカーマ!
とりま、タメ語で!

とりまじゃねーんだよと。
仲間だのなんだのの前に、共同体の一員である前に、
誰しもそれなりに意思を有した個人です。
その個人同士が会話するには、ましてや初対面である場合には、
厳然としたルールにのっとったものでなければならない。
年上年下関係なく、
一個人への適度な尊敬と距離感をもって、
関係のはじめの一歩は踏み出されるべきではないでしょうか。

しかし、現代ヲタの共同体にこういったルールは適応されないようです。
つまり社会性が求められない。
土足でのコミュニケーションが推奨されているようにさえ、見えます。
言葉づかいだけの問題ではなく、会話内容も然りで、
たとえば全く別の会話をしている人間の間に割って入り、
何を話すかと思えば前置きも無くエロゲーの話題をべらべらしゃべりまくり
一通り業界批判めいたことを話してぱっと会話から抜けていく。
こんなものは会話ですらありません。
彼は、誰に向かって何のために話しているのでしょう?
あまりにも人と話すのが久しぶりだったから、
台本を用意して『周りに人間がいる状態で』一息にしゃべってみたのだろうか?
まるで初舞台目前の、駆け出しの俳優のようです。
お前はどこの劇場にいるのだ?観客はそこにいるのか?

ヲタの共同体の中に入って感じることは、
そこではひどく平板でのっぺりとした人間としか
ヲタ同士お互いに見ていない
、ということです。
(勿論例外もありますが、そういう人間はヲタというよりは
ヲタ的な要素を人格の一部に有しているまともな人間であり、
ヲタという言葉の意味するところがやや異なる。)
みんなで同じアニメを見て、
同じエロゲーやって、同じ同人誌買って、
同じ声優追いかけて、同じマンガとラノベ読んで、
同じスレッド読んで、同じ政党を支持する。
『消費』という行動を通じて皆で同じコミュニケーション・ツールを共有し、
共同体内で歪な関係性を延々と構築し続ける。

しかし彼らは何も変えないし変わろうとしないでしょう。
なぜなら、
彼らにとってはヲタであることが既にアイデンティティの中心に据えられているからです。
むしろ積極的に消費性向をなぞり、
土足でのコミュニケーションをとろうとする。
そうすることが彼らにとっては「礼儀正しい」ことなのです。

永遠に消費することのできる人間は、ほんの一握りでしかありません。
砂糖菓子に原色の着色料をぶっかけたような
甘ったるいヲタの夢が崩れたとき、彼らに立ち返る社会はあるのでしょうか。
いっぱしにネットで日本の将来を嘆くより、
まずは個々人でまともな人間になれるよう努力しなければならないのではないでしょうか。
人間は生まれたときからまともであるわけではありません。
「まとも」とは、「なる」ものであって、
そのためには、
いつの時代も自己を律する不休の努力が必要なのだと思います。

まあ、人のフリ見て、ってやつですがね。
自分も、こんな大人気ないことは言わない
という努力が必要であるのは確かなようです・・・ふう。

さて、水樹先生の声でも聴いてアゲアゲになろうっと!


ムック/極彩



とかいって動画はムックというね。
いやこの動画すげーんすよ。
パリでやったLiveの模様なんですが、会場の熱気、
ステージ上のメンバーのテンション、パフォーマンス、どれをとっても最高。
特に一番最初、ステージに4人が登場してから
最初の一音を鳴らすシーンが白眉です。
Vo、B、Guが客に背を向け、
Drと一瞬呼吸を確認してから演奏に入るのですが、
その仕草やタイミングに、
このバンドが今まで積み上げてきた実力と、
ほんの些細な部分でも「どう見えるのか」を意識して行っているというプロ意識
とが、
鮮やかに垣間見える気がします。
ファンの戯言か。いやまあ戯言でもいいんですけどね。しかしかっこいい。
練習してればああいうこともできるようになるのかなあ。うーむ。


ああそうそう、
今日はやけに挑戦的で政治的な記事をあげてしまいましたが、
それもこれも前述の水樹先生オフでもってカラオケに行った際の出来事が
割りと直接的きっかけだったのです。

先生縛りで当初カラオケは進行していたのですが、
時間が経ち縛りが無くなったタイミングで、
周囲の人はangelaとかなんとか坂高校演劇部、じゃなかった軽音部とか、
そのへんのアニソンばかりを入れる中で、
私はムックの五月雨という超名曲をセレクト。
そこでアニソンを歌った方が放った一言

『それ、アニソンですらなくね?』

それがどうした。
しかもあなた、初対面で今初めて話したのでは・・・?
というところから、彼らのコミュニケーションの中身に意識がいき・・・
みたいな感じでした。
まー色々言うなら、曲を聴いてからにしてくれとただそれだけです。
むしろカラオケで自分から遠いジャンルの曲を他人が歌ってくれると、
私なんかは新たな発見がありそうで嬉しいのですが。

テーマ : それでいいのか日本国民
ジャンル : 政治・経済

有明・夏の陣

いってきましたよ夏の祭典・コミックマーケット
毎年夏・冬と必ず足を運ぶのですが、
これといって買い物したいものもないわけなのに
行きたい衝動にかられるってのは何なんでしょうかねえ。

「祭り」であるから参加したい、というのに加えて、
普段オタクという、
社会的に抑圧されていると思われる人々が、
このコミケの3日間だけは、
思う存分に自分の情念を爆発させることができる

そして、その様を目の当たりにできる、
というのが自分にとってはコミケに足を運ぶモチベーションな気がします。
水樹奈々のLIVEにも、
同種のモチベーションが無いのかと言われれば嘘になります。

まあそんなこんなで14:00頃行って来ました。一人で
昨日は東方とヘタリアでなんだか酷いことになっていたようですが、
時間も時間ですし、かなりゆったりと会場入り~散策できたと思います。
欲しいものがない、といいながら一箇所だけチェックしていた
『なのは』サークルさんの新刊を購入して、
(ちなみにサイトはここですサガマニ。さん)
エロとかそのへんをぶらつきながら流行をサーチ。
とりあえず最早マリみてとなのはは古いことはよくわかりました。

うろついていたら評論ゾーンに。
やはり評論はいいっすね!
古き良き同人マインド=ビジネス的志向と無縁の情念優先型表現 が垣間見える、
創作なんかと並ぶ非常に貴重な聖域です。

「ASUKA is (not) dead!!」と書かれたデカい紙を掲げているサークルや、
障害者プロレスのDVDを販売しているサークル、
己の感じる教育論をまとめたCD-Rを
カンパ制で頒布している愛媛県から来た中年オタク教師など・・・
(彼の教育論は紙にして1500枚を超えてしまったのでROMにしたとのこと)
市場経済に侵食されてしまったこの薄汚れた同人ワールドに、
まだ力強く咲く小さな花々たちがあることに、
大いに感動し勇気をもらいました。こういうのがやっぱりイベントのいいところですねえ。
まあ、密かに探していた水樹奈々評論サークル
影も形もありませんでしたけれども。
もうアレか、俺が出すしかないのか。やるか。
神格としての水樹奈々』とかなんとかで。

偶然通りかかったケモショタ(獣+しょた)・ゾーンで、
お知り合い3名様に邂逅、
本を頂いたりして(大変嬉しかったです、ありがとうございました)、
たった一人で2時間しかいなかった割には、
結構色々なアドベンチャーを堪能できたなあと満足でした。


あーそういや評論ゾーンで東方の評論を目にしましたが、
東方ってなんだか不思議なほど言及されていませんよね。
今までの二次創作のムーブメントと大きく異なる・・・
それは創り手が「いじりやすい」とかそういった部分ではなく、
ユーザーの消費欲が異常に高い点として、ですが、
そのあたり、色々と考えたほうがよさそうな気がします。
東方は完全にコミュニケーション・ツールとして選択されているために、
消費主体の現代オタクはその二次創作物を「消費」することでしか、
コミュニケートができない、という観念にとり憑かれているのでは・・・みたいな。
いやー誰かいかした考察していないもんですかねえ。


ムック/チェインリング



先日発売のカップリング・ベストに収録されていました。
ファズというかなりイマイチなシングルのカップリングですが、
こっちのほうが断然いいですね。
ダーク・ヒーローが主人公を張るアニメの主題歌なんかにピッタリだ、
と思っていたら、やはり何かのアニメのエンディングだったようです。
最後の意味があんまない「チェインリーング!」という咆哮がいいですね。

テーマ : 同人イベント
ジャンル : アニメ・コミック

言い争いの権利

いやー久々にインターネッツで煽られました。
しかも2回も。
1回はこのブログで時雨ファンに問題提起したところ
「てめーがルールブックじゃねー」という返しがきたこと。
で2回目はmixiのレビューで森見登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』を
「何でこの作品が存在するのか、意味がつかめない。俺は嫌いです」
と書いて星1つの評価にしたところ、
同じ作品のレビュー欄で
「小説に意味なんて無くていいジャンwww童貞みたいな主張だなwwwwwwwwwプギャー」
というコメントがあったこと。
まあこちらは、私個人というよりは、
夜は~に低評価を下す男全般に向けられたもののようでしたが。
(ていうかそういう童貞くさい主張こそ森見作品のキモなんではないのだろうか、まあいいや)

まだ2chが黎明期だった頃、
中学生の私は必死にプログレッシヴ・ロックを擁護しようと
音楽板でマジメな議論をもちかけ、
その度古参ネット住民から煽られたものでしたが、
顔の見えない相手と文字だけで延々と罵りあいをするのは大変不健康だと気づき、
できるだけそういった言い争いに口を挟まないようにしていました。
しかし久々に目の当たりにすると、やっぱりこう、腹は立ちますよね。笑
不健康也。

まあ割かし過激なことを書いた私も悪いところはありますが、
この『煽り』的な反応というのは、
議論を不毛な罵りあいに貶めてしまうという点で罪深いものです。

自分は自分の意見としてこうであるが、どうだろう、
という問いかけに対しては、
その意見に関してはこういった点で自分と見方が異なる、そこで自分はこう考える、
といったスタイルで反論するのがまあ穏やかなところでしょう。
しかしそこで、自分以外の意見を異端だと決めてかかり、
話し合うことで築く、のではなく潰す・嘲る方向に持っていくと、
もうそれはどこまでいっても不健康の域を出ることはできなくなってしまいます。

そのあたり、
自分の意見とほとんど同じ程度に
他人の意見を尊重するということはなかなか難しいものですが、
コミュニティによっては、そんな議論のリテラシーが十分にある場所もある。
例えば私が
『ロバート・フリップ(King Crimson)はギターがヘタクソだ』と書いたとしても、
一般的なプログレ・ファンが意見するとしたら、
『確かにフリップにスティーヴ・ヴァイのようなうまさは無いと言えます。
しかし彼の独創的なギター・フレーズは、世界に唯一と言えないでしょうか。
その意味で私はフリップを、うまいというよりは価値のある音楽家であると認識しています』
くらいのことは言ってくれると思います。

しかしこれが『YOSHIKIのドラムは取るに足らない』と言ったらどうなるか。
『じゃあまずお前がYOSHIKIよりすごいプレイを見せてみろよ』
『つーかあのプレイが取るに足らないとか、どんだけ音楽聴いてないわけw』
『YOSHIKIがどれだけリスク背負ってドラム叩いてるか知らないんだろwカワイソウwww』
『余裕ぶっちゃって、またJ-ROCKファンの僻みか(ワラ』
みたいな、
いやこんなんじゃ足りないくらい罵倒の言葉が降り注がれることでしょう。

まーつまり世で一般的に支持されているものに関しては、
目にするヒトも多い分気をつけて発言しなきゃならんということでしょう。
・・・でもキライなものをキライって言うだけで
周囲からアレコレ言われるのはやっぱりつらいですよね。
ふーん、キライなんだな、で放ってほいてくれればいいんですが。

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

月より光球

皆既日食が話題ですが、
どうにも幼い時分より地学というものに馴染みがなく、
そして致命的なことには興味もさしてなく・・・
いや、そりゃ夏に眺める避暑地の星空にひきこまれる、
くらいの情緒は持ち合わせているつもりではありますが、
このクソ暑い最中無人島に出掛ける人がわんさかいる中では、
何か自分が真っ当な情操に欠けた人間であるように
思われなくもない気分になります。

皆既日食のように何年かに一度ある自然現象、
流星群やら彗星なんかもそうでしょうが、
確かにすごく希少なことであって興味を引かれるものではあります。
しかし、
『何年に一度』だの『どこそこが観測に最も適している』だのと、
ほとんど科学的にその現象自体が
分析されつくしてしまっているのを見ると、
果たして自分の眼で確かめるほどの価値があるものなのだろうか
という心持がしてきます。
例えるなら、旅行先の有名な観光地みたいなもんです。
由来から写真までガイドブックで洗いざらい見せてくれる。
そんなものを現地まで行って
改めて確認することにどれくらいの価値があるだろう、
という感覚でしょうか。

そういった観光地ばかりを飛び回るツアー旅行よりも、
私は現地で心赴くまま適当に予定を組む旅行の方が
性に合っているし、好きです。
勿論観光地に行っても感じる何かしらはあるのですが、
実際に心に残るのは、
そこに至るまでにバスを何本も乗り継いだ苦労だったり、
疲れ果てたときに見つけた売店で
ジュースを飲みながら店のおっちゃんと交わした会話だったり、
何にも無い道端にポツンとあるバス停に
打ち捨てられていた何ヶ月か前のヤンマガだったり、
意外とそういったものだったりすることが多いのでは、と思います。

それはひとえに、
人と人とのやり取りを介して生まれる、
いわばライブ感の賜物です。
不可測性に満ちたライブ感は一面では怖いものですが、
うまく作用すれば考えられないほどのパワーを持って
こちらに訴えかけてくるのです。
正に、ミュージシャンのライブなどはその好例でしょう。

Coldplay/Fix You(Live)



言わずと知れたコールドプレイ。
私は手放しで賛美するほど彼らのことを好きではありませんが、
この曲はやっぱり何度聴いてもいい。
曲そのもの、歌詞、PV、
そして天井からぶら下がる光球を振り回す演出、
さらにLiveでの観客の雰囲気、熱気、一体感。
こんな現場に立ち会うほうが、
皆既日食を南の島で眺めるよりよほど幸せなんじゃないか

と思うのですがどうでしょう。
正に不可測性の成せる業、人間的な空間です。

ま、水樹奈々のライブはもっとすごいですけどね!

テーマ : 宇宙に関する話題
ジャンル : ニュース

プロフィール

暗黒聖骸血盟

Author:暗黒聖骸血盟
ちょっと憂鬱で、
真剣なロックをやっております。
バンドだかサークルだか
よくわからないけれども、
とにかく、楽器を演奏して
曲をつくったりして、
たまにアニメや漫画や極まれに社会学や文学の話などもします。
水樹奈々なども
上等な感じであります。

ちなみに我々は、
hikikomori3(Gu/Vo)
は(B)
マツナミヒカル(Dr)
の3人から成ります。

Blog更新はほとんど
マツナミヒカルの仕事です。
つまりマツナミの趣味嗜好が
色濃く反映されるBlogである、
と言えることになりそうですね。
こりゃあ恥ずかしいや!

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