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ヲタの品格

先日、mixi水樹奈々先生コミュのOFFに参加して参りました。

実は、LIVE FIGHTERで脳みそをひっくり返され
奈々ジャンキーになった昨年の夏にも一度参加してはいたのですが、
例えようの無い疎外感というか、居心地の悪さ・・・
のようなものを肌で感じ、こりゃなんだかアレだ、と感じ、
その後継続して同コミュのオフに顔を出すようなことはありませんでした。

しかし今年はオリコン1位だ西武ドームライブだと、
先生の活動も拡大の一途を辿っている。
昨年もなかなかにデッカイ波であったが、
今年はもう風向き自体が大分違うはずである・・・
こうして私は、
ファンも多様化しておりオフ会の面子も昨年と様変わりしているのでは・・・
という一抹の期待と、
やはりはぐれもののままでいることに覚えた少しの寂しさ
のために、一年ぶりにオフ会に足を運ぶ決心をしたのでした。
ほら、人間は社会的な動物だ、ってアリストテレス先生も言ってますし。

で、結論から言えば、
何も変わっちゃいなかったと、まあそういうことなんですが、
私も昨年の私じゃあない。
先生のオフ会に来ている人々が、
田村ゆかりだの茅原美里だのの話をするということはもうわかっている。(納得は出来ないが)
(女の子の)声優さんならみんな大好き!それが礼儀!
だからライブではデッカイ声で応援する!それが俺たちのジャスティス!
・・・今年はついにアニサマにまで行ったから、
彼らの大多数がそう言うのも、それもわかってる。(承服しかねるが)
声ヲタたる者たちが、
自分が好きな声優のどこが好きなのか
なぜそこまで心惹かれるのか
それを自明のことだとしてあまり真剣に話したがらないことは、
まあどういう理由があるにせよ、
かなりの割合で共通して彼らの間に見られる事象であって、
今更あげつらって何ができるわけでもない。(首肯できんが)
ので、そこは問題ではありません。

問題は、彼らのあまりにも浅薄な共同体意識なのです。

声優のオフ→声ヲタばっか→アニメとかみんなくわしい→
俺と一緒!→ナカーマ!初対面だし明らかに年長な人とかいるけどナカーマ!
とりま、タメ語で!

とりまじゃねーんだよと。
仲間だのなんだのの前に、共同体の一員である前に、
誰しもそれなりに意思を有した個人です。
その個人同士が会話するには、ましてや初対面である場合には、
厳然としたルールにのっとったものでなければならない。
年上年下関係なく、
一個人への適度な尊敬と距離感をもって、
関係のはじめの一歩は踏み出されるべきではないでしょうか。

しかし、現代ヲタの共同体にこういったルールは適応されないようです。
つまり社会性が求められない。
土足でのコミュニケーションが推奨されているようにさえ、見えます。
言葉づかいだけの問題ではなく、会話内容も然りで、
たとえば全く別の会話をしている人間の間に割って入り、
何を話すかと思えば前置きも無くエロゲーの話題をべらべらしゃべりまくり
一通り業界批判めいたことを話してぱっと会話から抜けていく。
こんなものは会話ですらありません。
彼は、誰に向かって何のために話しているのでしょう?
あまりにも人と話すのが久しぶりだったから、
台本を用意して『周りに人間がいる状態で』一息にしゃべってみたのだろうか?
まるで初舞台目前の、駆け出しの俳優のようです。
お前はどこの劇場にいるのだ?観客はそこにいるのか?

ヲタの共同体の中に入って感じることは、
そこではひどく平板でのっぺりとした人間としか
ヲタ同士お互いに見ていない
、ということです。
(勿論例外もありますが、そういう人間はヲタというよりは
ヲタ的な要素を人格の一部に有しているまともな人間であり、
ヲタという言葉の意味するところがやや異なる。)
みんなで同じアニメを見て、
同じエロゲーやって、同じ同人誌買って、
同じ声優追いかけて、同じマンガとラノベ読んで、
同じスレッド読んで、同じ政党を支持する。
『消費』という行動を通じて皆で同じコミュニケーション・ツールを共有し、
共同体内で歪な関係性を延々と構築し続ける。

しかし彼らは何も変えないし変わろうとしないでしょう。
なぜなら、
彼らにとってはヲタであることが既にアイデンティティの中心に据えられているからです。
むしろ積極的に消費性向をなぞり、
土足でのコミュニケーションをとろうとする。
そうすることが彼らにとっては「礼儀正しい」ことなのです。

永遠に消費することのできる人間は、ほんの一握りでしかありません。
砂糖菓子に原色の着色料をぶっかけたような
甘ったるいヲタの夢が崩れたとき、彼らに立ち返る社会はあるのでしょうか。
いっぱしにネットで日本の将来を嘆くより、
まずは個々人でまともな人間になれるよう努力しなければならないのではないでしょうか。
人間は生まれたときからまともであるわけではありません。
「まとも」とは、「なる」ものであって、
そのためには、
いつの時代も自己を律する不休の努力が必要なのだと思います。

まあ、人のフリ見て、ってやつですがね。
自分も、こんな大人気ないことは言わない
という努力が必要であるのは確かなようです・・・ふう。

さて、水樹先生の声でも聴いてアゲアゲになろうっと!


ムック/極彩



とかいって動画はムックというね。
いやこの動画すげーんすよ。
パリでやったLiveの模様なんですが、会場の熱気、
ステージ上のメンバーのテンション、パフォーマンス、どれをとっても最高。
特に一番最初、ステージに4人が登場してから
最初の一音を鳴らすシーンが白眉です。
Vo、B、Guが客に背を向け、
Drと一瞬呼吸を確認してから演奏に入るのですが、
その仕草やタイミングに、
このバンドが今まで積み上げてきた実力と、
ほんの些細な部分でも「どう見えるのか」を意識して行っているというプロ意識
とが、
鮮やかに垣間見える気がします。
ファンの戯言か。いやまあ戯言でもいいんですけどね。しかしかっこいい。
練習してればああいうこともできるようになるのかなあ。うーむ。


ああそうそう、
今日はやけに挑戦的で政治的な記事をあげてしまいましたが、
それもこれも前述の水樹先生オフでもってカラオケに行った際の出来事が
割りと直接的きっかけだったのです。

先生縛りで当初カラオケは進行していたのですが、
時間が経ち縛りが無くなったタイミングで、
周囲の人はangelaとかなんとか坂高校演劇部、じゃなかった軽音部とか、
そのへんのアニソンばかりを入れる中で、
私はムックの五月雨という超名曲をセレクト。
そこでアニソンを歌った方が放った一言

『それ、アニソンですらなくね?』

それがどうした。
しかもあなた、初対面で今初めて話したのでは・・・?
というところから、彼らのコミュニケーションの中身に意識がいき・・・
みたいな感じでした。
まー色々言うなら、曲を聴いてからにしてくれとただそれだけです。
むしろカラオケで自分から遠いジャンルの曲を他人が歌ってくれると、
私なんかは新たな発見がありそうで嬉しいのですが。
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テーマ : それでいいのか日本国民
ジャンル : 政治・経済

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No title

通りすがりですけれども、失礼します。

おっしゃることなんとなくわかります。
集団の中でコミュニケーションが成り立ってない様子が、
mixiのいろんなコミュニティの中で見受けられますよね。
ほとんどのトピックは自分の言いたいことだけを言って、他人へのレスはないもので、
言い放つだけのものが多いです。

他の掲示板であれば、煽りを含めていろいろなリアクションがあるものですけれども、
ある一定の共同体意識がある場所では、先のような妙な「語り」が増えてますよね。

人と人のコミュニケーションに、こんな様態昔からありましたっけ?
でも、それはネット上のものだけではなかったんですね。
そういう社会性を持たないことに何の疑問を持たないような人が増えるのは困りますね。

No title

>とおりすがり様
コメントありがとうございます!
レスが遅すぎて申し訳ないです。

mixiは現状が顕著に表れていますよね。
話はあっちゃこっちゃ行って収集がつかないし、
もうなんだか、発言者が人間であることが信じられなくなることもあります笑

先にあげた記事の中のような人々に会って感じるのは、
ディスプレイ上の平板なイメージを現実の人間にも重ねているのではないか、
ということですね、
mixiが最も解かりやすいのですが、
今やその人の嗜好や人となりが一目でわかり、
全て文字だけでやりとりされるコミュニケーションから、
情報を引き出せるようになってきています。

でもこれって、非常に危険なことだと思うのです。

文字を使ったコミュニケーションは、
色々とあるコミュニケーション・ツールの中で最も非人間的なものです。
一番良いのは面と向かって話すこと、
次に電話を利用して顔が見えないままでお互いに話すこと、
最後にメール等の文字のみでの会話です。
文字の良いところは、
発信者の意図がどのようなものであるかに係わらず、
受け手が自由に解釈できるという点にありますが、
これを生身のコミュニケーションの主軸に置こうとすると大きな齟齬が生まれます。
文字から受けたイメージ、
『受信者にとって望ましい』発信者のイメージが強くなりすぎてしまう。

ここは本来ならば、「切り分け」の作業が成されなければならないところです。
つまり、
文字からの印象ではこうであった、
しかし実際会って話すとまた異なった印象である、
色々摺り合わせるとこの人はこういう人となりなのかな・・・
といった、
コミュニケーション・ツール毎によって得られる情報の切り分け、
さらにその個々の情報を総括する作業が、行われなければなりません。
がしかし、
携帯のメールに幼い頃から慣れている「彼ら」は、
文字から、ディスプレイから得られる情報こそ優先すべきものであると解し、
そこを基礎に対人関係を築き上げようとしているように感じられます。

この現象には、
コミュニケーションの基盤が対人でなく対ディスプレイに変わったことが、
大きく影響しているように思えてなりません。
まあ僕も結構な時間をディスプレイの前で費やしていますが笑
ともあれ、
コミュニケーションには色々な様態があって、
それぞれに効果とそれにかかる労力は異なるものである、
効率化を優先させてもいいことばかりではないんだよ、
ということを、今一度しっかりと子供に覚えさせなければいけない気がしますねえ。


蛇足ですが、
絵文字文化というのは象徴的な現象のような気がします。
絵文字による感情表現は、
ディスプレイのコミュニケーションに、
対人のそれと同じ効果を求める意識の表れであり、
逆に見ると、ディスプレイ越しにはどうしても伝わらないことがある、
ということを衆人が深層で認めているのではと思います。
(まあ深層以前に十分認めてる気がしますが)

絵文字を多様する人ほど
ディスプレイ越しのコミュニケーションに依存しているような気がしますし、
いっそ絵文字を全部廃して、
文字は文字、ときっちり意識を区切れるようにした方が
今後のためではないかなと個人的には思いますが・・・笑


・・・長いっすね。重ね重ねすみません。。。
プロフィール

暗黒聖骸血盟

Author:暗黒聖骸血盟
ちょっと憂鬱で、
真剣なロックをやっております。
バンドだかサークルだか
よくわからないけれども、
とにかく、楽器を演奏して
曲をつくったりして、
たまにアニメや漫画や極まれに社会学や文学の話などもします。
水樹奈々なども
上等な感じであります。

ちなみに我々は、
hikikomori3(Gu/Vo)
は(B)
マツナミヒカル(Dr)
の3人から成ります。

Blog更新はほとんど
マツナミヒカルの仕事です。
つまりマツナミの趣味嗜好が
色濃く反映されるBlogである、
と言えることになりそうですね。
こりゃあ恥ずかしいや!

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